空明のスピリチュアル日記 

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<<   作成日時 : 2015/04/02 23:58   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 1

今日、近くの友達の家へ出向き、ママ友4人でお茶をする機会がありました。

コーヒーを飲もうとすると、「ミルクがないからこれで」と、Sママがパックの牛乳を出してきてくれました。

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「鳥取 大山牛乳」

あ、これ・・・・・

私は、出会って10年ほどのあるママ友達の事を思い出していました。




ある講座で知り合ったママ Kさん。

彼女と一緒に数年、市のボランティア活動に参加したことがありました。

当時、そのKママさんの中学生の娘ちゃんが不登校になっていました。



偶然私の子どもが通う小学校に、娘ちゃんの恩師が転勤してきたことをきっかけに、
私はママとその恩師の先生を繋ぐメッセンジャーに。



その数年後、Kママさんは夫の転勤で鳥取へ


連絡を取る回数もままならなくなった頃のことです。



ある時、私の周りに偶然

「鳥取に行って来たよ」という友達が増え始めました。

鳥取?どうして最近鳥取の話題が私の周りに多いのかな・・・・


そういえば私の幼馴染の親友も鳥取の人と結婚したし、
鳥取出身のママ友さんも2人いる・・・・


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私に鳥取に行けってことかしら・・・・などと感じ始めていた頃・・・・・


突然の連絡が入りました!!


「どうしよう・・・・どうしよう・・・・・」パニックになりながら私に電話してきたKママさん。


鳥取に引っ越したKママさんの娘ちゃんが、自ら天へ旅立ってしまったという悲しい知らせ・・・・・


私はその悲しい知らせを先生に知らせに行く役目を担いました・・・・・


先生は青ざめて、すぐに鳥取へと飛んでいきました。


私も駆け付けたとき・・・・彼女が言った言葉
「どんな子だっていいの 生きていてほしかった・・・・生きているだけでよかったのに・・・・」


勉強が出来るとか 出来ないとかじゃない

元気で毎日生きてくれさえいれば

守ってあげらるのに・・・・・・


子どもの事を、ありのまま、まるごとを受け入れようとしていた母の愛を
どれだけ子どもは受け取っていたのだろうか・・・・・


私も、悔しさと悲しさとむなしさと・・・・

彼女の苦しみを思えば、ただ側にいることしかできませんでした。





先週、鳥取から彼女が私を訪ねてきました。

5年ぶりの再会


会わなかった時間を取り戻すかのように、

乗り越えようとした彼女の深い思いを語り合い、沢山話した二晩を過ごしたのです。


出かけたついでに何か買って帰ろうか?と言ってくれたKママさんに、私は牛乳を買ってきて欲しいと頼みました。

すると彼女が持って帰ってきたのは「蒜山ジャージー牛乳」

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本当は大山牛乳を買いたかったのだけれども、なかったからコレにしたよ。って言っていた。


友達の家でその大山牛乳を見つけたときは、私はこのシンクロに神の采配を感じたのです。


Sママのお宅の娘ちゃんも不登校・・・・・

それがきっかけで、子どもが不登校で、その課題を乗り越えようとしている、ある二人のママさんと出会った・・・・という話を告白してくれました。


子どもが苦しみもがいている姿を

母として、人としてどう見守ってやればいいのだろうか・・・・・


時には、母である自身さえ社会から取り残されたような孤独感にさいなまれていく・・・・


私の子育てが間違っていたのだろうか・・・・

何が原因なのだろうか・・・・・



1人は拒食症になり・・・・

1人はリストカットを繰り返している・・・・・





そんな事したら 愛する人たちが悲しむことだって子どもたちはわかっている・・・・・


でも、そこから抜け出せない今・・・・・



大丈夫

大丈夫だよ

抱きしめてあげたい・・・・・・話を聞きながら、知らず知らず

4人のママたちは涙ぐんでいました・・・・・・



娘が自分を傷つける行為を繰り返していると、母親はいつも死を意識しながら、
我が子のそばを離れることができない・・・・


そのママさんが言ったのだそう・・・・・


「生きていて欲しい

ただ生きていてくれたらいい・・・・・」



それは心からの叫び。

彼女の親戚の御嬢さんが、火災で亡くなったのだそう。

社会人になる、新しい旅立ちの直前の事。


死と直面したそのママさんは、心から、我が子が今生きていることへの感謝を天にささげたのです。


神様は、どうしてこんな苦難を私たちに与えるのだろうか・・・・・



でも、苦しみを乗り越えつつあるママたちは気が付いているのです。


すべての出来事には・・・・起きる意味がある・・・・・


その話を聞きながら、コーヒーと「鳥取大山牛乳」がテーブルに出された時に、
今日この日に、この4人に与えられたテーマがあることに気が付かされたのです。


私は鳥取の友達の話をそこで話始めました。


彼女の一番の心の声・・・・・


「生きていてさえすれば 私はよかったのよ」





いのちある限り

全力で

無償の愛で愛しているよ



そう母たちは大いなる母性で 家族を見守っている


小さなことかもしれない

でも、それが1人に繋がって

また1人に繋がって・・・・・・世界が変わる。




私はそう信じるのです。


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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは
慰めの言葉も思い浮かばないことですね。
親と子、魂は別でも、大切な約束を交わして生きた間柄。
人生には時として、理不尽な出来事が降りかかりますが、天の意思はそのことを通して人を教え、鍛え、慰めてくれるのだと思います。
大山牛乳も蒜山ジャージー牛乳も、昔、私が仕事をしてきた関係の組合です。
中間の写真は倉吉ですね、懐かしく拝見させていただきました。
ひろ
2015/04/12 17:34

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