空明のスピリチュアル日記 

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zoom RSS 繋がる縁 〜生駒山 役行者 鬼取伝説〜

<<   作成日時 : 2015/09/29 11:32   >>

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以前、生駒山の宝山寺にてドイツ人の女性と知り合った話を紹介しました。


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偶然、同じ場所で、同じ空気を感じた異国の人であっても、
通じるところは一つだと思わせていただいた出会いでした。


彼女が役行者のゆかりの地を辿っている事を知って、宝山寺からほど近い鬼取へ一緒へ行くことにしました。


1300年前の生駒山の空気に思いを馳せながら・・・・・

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その場所には、役行者の鬼退治の伝説があります。

修験道の開祖 役行者


役行者は、姓が役公(えだちノきみ)、名を小角(おづぬ)

634年大和国の葛木上郡茅原(ちはら)の里、「吉祥草寺」で生まれました。

http://20070418.at.webry.info/200808/article_14.html

前年の秋、母、白専女(しらとうめ)が24歳の時、熊野に参詣し、月を飲み込んだ夢を見て受胎したと言われています。

小角は9歳で出家して「役優婆塞」と名乗り、仏教を学び、孔雀明王(毒蛇を食べる孔雀の神格神)の呪を体得して、その秘法を自在に駆使したといいます。


13歳の時には、金剛生駒国定公園の葛城山に登り、藤葛の皮で編んだ衣を着て、松の実を食べ、「櫛羅(くじら)の滝」や「行者の滝」に打たれ、質素な修行を開始していました。


17歳には日夜修行に励んで、多くの人心を救済しようと発願し、
19歳の時、家を出て長期の山嶽修行に入り、「二上山」へ登り、その後大阪摂津の箕面の滝本に一千日こもりました。

その後ある時、生駒山の麓「平群の里」で、清い水がとうとうと流れる小川を見つけ、滝にたどり着き、大蛇と出会う。その大蛇は白髪の老人にかわり、この地が修行に適した霊地であることを聞くのです。その場所が鳴川千光寺です。

http://20070418.at.webry.info/200807/article_3.html

34歳の時、信託によって、翌年熊野から大峯山に入り、百日で金峯山に到達し、山上ヶ岳で蔵王権現に出会い、その法力を感得したのです。

役行者が大峰山、葛城山で修行をしていた頃、大和(奈良)から河内(大阪)へ抜けるには生駒山の峠を抜けなくてはいけませんでした。その峠に鬼が出て、旅人を襲っているという噂を耳にするのです。

生駒山のある場所で、鬼退治の願掛けをし、21日満願の日のことです。

小角の前に二鬼が姿を現しました。前鬼、後鬼と呼ばれています。
小角が金縛りの術をかけ懲らしめ、山奥の谷にある滝へ連れて行き身を清め、峠を下りそこで髪を切ったと言われています。

その日から鬼は小角し従うようになったのです。
小角は彼らに、山中の修行者に使える大切な仕事、水汲み、薪拾い、食事の準備などを教えました。
大峰山の麓、吉野にはその子孫たちが、修験道のための宿を営んでいます。

大峰から熊野への奥駆け修行には、前鬼の子孫が深仙や釈迦ヶ岳、裏行場の案内をします。

後鬼の子孫と言われる吉野洞川の人は、山上ヶ岳や小笹の行場を案内して仕えたと言われています。

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こんな役行者の話をしながら、その鬼退治の伝説の場所にいる知人のお店を訪ねました。


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するとその店主が言いました。


「僕も修験道の修行をしているんだ。

その鬼退治の場所の滝には不動明王のお堂があって、その世話を父親から引き継いでさせてもらっているんだよ。」



繋いでくださった・・・・そう感動する瞬間でした。



なぜ、今ここで熊野に住む修験道のドイツ人と、生駒山の行場を守る行者が出会う必要があったのか・・・・


その瞬間を見守った私たち


しっかり感じて進んで行きたいと思います。





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